ソフトシリカ・ヒストリー

平成31年3月の本社移転をきっかけに、多くの資料を整理してきました。現在では法律の改正により、皆様が周知してくださっているソフトシリカ固有の効能を表記できず、眠らせてしまったものが山ほどあることが発覚しました。  

写真やデータとともに残されている各地の篤農家さまのお声・事実や驚き・実感など、また、創業時前後の研究成果・試験の記録や学会発表、評価などもあり、今後はそれらをまとめ、あらためて公表していく所存でございます。

変わらぬ地質品だからこそ、50〜60年前の事実が現代でも変わらぬ生きた価値で有る、と考えます。

決して、広告宣伝として喧伝するものではありません。

ソフトシリカを、早期から「本物の資材」と認識され、懇意にしていただいているお客様の事実の答えを、社業の記録として残していくべき責務と位置づけ、このコーナーを設けます。

令和元年11月 記

不思議な鉱脈の発見から、八沢木白土が救農資材となるまで

“不思議な鉱脈” が発見されて、まもなく100年が経とうとしています。

弊社が、八沢木白土の本格操業、製品製造、商品販売を手がけて以来、50年以上続く販売店様もおられ、長きに亘るご贔屓の元は、八沢木白土の変わらぬ成分と品質とともに、深いご理解と啓蒙に支えられてのことと理解し、深く感謝申し上げます。

世は、昭和の高度経済成長時代の折、農業従事者の作業負担軽減策と消費需要増による大量収穫の確保のために、配合飼料や化学肥料の使用が国土を隈なく踏破していました。

営農が否定され、天然・自然の有意さには見向きもされず、販売には苦慮したものでした。

1964年『沈黙の春』、1975年『複合汚染』が 世に投げかけた問題の深刻さは、国民が震え上がるほどのショックとなりました。

この社会現象を前後しながら、農業関係者の皆様からは、農地の疲弊や家畜の疾病報告が相次いでいました。原因を探りながらも困窮し、私どもに救いを求める内容の手紙や電話が届くほどになってもいました。

弊社では、それまでに積み上げてきた実績から、救農資材として役立つことを確信し、全面協力の体制で臨みました。


ソフトシリカの体験報告

それはやがて、東京から遠くと~く離れた田んぼや畑・畜舎や牧場などからも、ソフトシリカを与えたら…  

『こんなに良くなった! 』『こんな効果がある! 』

『ぜひ見に来てほしい ‼︎ 』など、多くのお声をいただくようになりました。

皆様からお寄せいただいた貴重な体験報告は、ソフトシリカの効果・効能にまつわる事実や実感として、千の用途を持つ粘土の1,000分の◯◯番目にはめ込まれるべきものですから、お客様には新進情報やソフトシリカニュースなどで随時お知らせすべきと心得、コピーに次ぐコピーや印刷物の増刷、発送に明け暮れした日もございました。

今後、このコーナーで皆様から寄せられた声をお伝えしていきますので、ご期待ください。

詳しい体験談はこちら